Myths about rural society revival 「地域おこし」の幻想、「遊学」の提案

総務省による「地域おこし協力隊」などの施策によって、今や「日本の地方都市、および田舎は助けてやらないといけない」とう風潮がここ数年間、顕著になっている。しかし、都会に住んでいるときから既に個人的にはこの表現に疑問を持っていた。「地方活性化」ならまだしも「地域おこし」ともなると何かが「墜ちた」かのような印象(またはconnotation)を含みかねない。何も「堕ちていない」し、色んな文化は絶えず「生きている」。つまり、何かと東京にいる人は地方や田舎で暮らしている人に対して不要な(そして時には迷惑な)「上から」目線になってしまう状況がどうしても起こりやすい状態だ。

別に地方都市の皆さまの方々は「助けてもらいたい」なんてことは内心思っていなくて、その豊かな生活や暮らし、文化を都会の人と分かちあいたいだけでは? もちろん、各地方自治体だってその町の運営が必要だから、事業やビジネスや増える人口による税収を持って継続、なるべく不要な統合や再編を避けてスムーズな地域運営を目指したい、だたそれだけだと思う。

実は田舎の文化水準はとても高い。

私は昨年から東伊豆町という静岡県の伊豆半島東部に位置する町に在籍している。この町は江戸時代は江戸城の築城石(江戸城の1/4から1/3に使われたとも言える)、その後は天草の輸出事業、そして現在は一匹3000円以上はする高級魚の金目鯛の輸出や遠方から来る旅行者に対しての温泉旅館業などで生計を立ててきた。江戸とも直接やりとりをする分、文化教養の水準もとても高い。 個人的には、これらに加えて、醤油味のらーめん、中華屋さんの餃子、採れたてのわさび、地魚や地物の野菜くだもの、昔ながらの日本和菓子、、それでうまい空気ときれいな海と山景色が一年中ちらほらと味わえれば実は東京の暮らしなんかよりもいいんじゃないか?やっぱりらーめんの定番の味は昔ながらの醤油なんじゃないか(いやそこは違うか、でも重要か?まぁどうでもいいけど、、、)と心底から思う。

実はこの高い文化教養度は2017年現在も続いていて、毎日をこの町の人達は「楽しそうに」暮らしている。これを見て「ああ~呑気だな~」と思ったり「大丈夫か~?」と思っている東京などの都会人は”騙されている”というよりかは、もう少し感覚を研ぎ澄まさした方がいいのかもしれない。(と言っても、自分も地元の人々からどう思われているかはわからないが、、、)彼らは毎日「真剣に」楽しく、なんとなく、おちゃらけたいりしているのだ。もし仮にニコニコしていても決してふざけているわけではない。

田舎に住むことは「ダウングレード」ではなく、学びや刺激の毎日のはじまり

田舎に住むことは決して「ダウングレード」じゃなくて、むしろ毎日が刺激的な学びの毎日であり、更には意外にも「お客様」の私のようなよそ者には精一杯「礼儀」を尽くしてくれる。 8代9代と土地の品格や和を守ってきた人からすれば、どんな人でも一生「よそ者」だと思う。でも、その「よそ者」だからこそ、「よそ者なりの感覚」がまだわかり、外から訪れる人の目線で物事を考えられるようになる。 もし、この土地に長居して自然やこのゆったりとも言える、時にはキリっと張り詰めた空気感を味わいたいのであれば、もちろん、自分も同じくらいの礼儀を持ってお返ししたいところだが、限度がある。できる限りのことはするが、「礼儀」で返せない部分は「自分の得意分野」、や「自分の存在価値」を持って貢献するしかない。個人に例えると「得意分野」は英語やグローバルコミュニケーション、SNS・ソーシャルメディアなどのインターネットプラットフォームを駆使した新しいサービスの開発およびその試行だ。そして「存在価値」は人生3カ国で17回に渡る引越し経験で得た人との繋がり、つまり「新しい人の導線」の「可能性」だけである。もちろん、前述した「礼儀」の部分は見様見真似でもいいので、その都度少しづつ取り入れていく。 (地元のみなさん、多数の失礼すみません。。。!)

「地域おこし」は撤回して「発見」「発掘」「楽しみ」「遊学」などのキーワード

(間違ってほしくないのは、私は地元の「地域おこし協力隊」の人と仲良くしています。ただ、都内などで新聞で目にする人への印象付けの観点からの指摘です。)

では、こうなると、明るくしている人達に、「明るい未来を!」とか「地方再生を!」とか、ゾンビでも話しているような口調は止めてもっと前向きな、ちょっと前衛的とも呼べるような表現の取り入れはどうだろうか。例えば、「地域の魅力発掘隊(または再発掘隊)」「地域居座り型地元味わい隊」「田舎楽しみ発見隊」またはただ単にダジャレで「田舎楽しみ隊!(楽しみたい!)」とか、なんか楽しげな空気を誘いこむような、こんな軽いというか、「おもしろい」呼び名。

またもう一点念頭に入れたいのは、地方に住むということは、その町の人口の一部になるということ以外に「その町の代表の一人」となることだ、所謂広告塔または新規の営業マンになった気分で、まずはその土地の風土や文化、そして天然観光資源などを楽しみ、その良さを外の人に伝えるのがいいと思う。それこそ明治時代を築いた坂本竜馬や福沢諭吉などのキーパーソンはいまで言う「留学」ではなく当時は「遊学」をしていた。(是非wikipediaや歴史資料を検索してください。)もちろん、「遊びを持って取り組み」での「遊び」は今で言う「オープンマインド (open mindedness)」のことだ。決して、竜馬も福沢さんもチャラチャラ遊んでいたわけではない。だが、今こそ昔のマインドセットとから学び、「遊学」を取り入れて、さらには現代風の解釈を持って「真剣」だけではなく本当に「遊びながら」学んで、その学びを日本だけと言わず、世界中の人に共有(share)したらどうなんだろうと思う。

日本へのインバウンド需要の増大は2020年では終わらない

今は日本は2019年のラグビーワールドカップ、2020年のオリンピック、そしてそれ意外にもこの10年間強で勢いを増したインターネットによるグローバルレベルの情報化社会の影響により、益々海外からの旅行者が増える見込みだ。また私より下の年代の多くの「ミレニアル世代(20-30代)」にとって、特に日本は憧れの国となっている。まるで、ひと昔の日本人がフランス、アメリカ、イギリス、イタリアなど国々に憧れていたのと同じような現象がいままさに起こっているのだ。それもアジア、欧米、南米大陸は問わず。となると、10年後彼らが収入を得るようになったときを想像してもらいたい。今でもフランスは年間8,000万人以上の観光客が訪れる。これは現在の訪日観光客の2600万人の約2.5倍だが、国の人口は約2/3ぐらいだと考えると、日本のポテンシャルもまだ大きい。是非これを機に「移住」という選択肢をもっと多くの人々がとって、かつてそうだったように日本の各地に「学びの土地」を是非とも開拓するように努めてもらいたいと思う所存である。少なくとも「遊ぶような」感覚で「学べる」こんな機会は私は逃したくないと個人的には強く思う。

以上、

ろぶ・はしば

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s