アメリカに蔓延る「空気」

今、アメリカのサンフランシスコにいる。先日カリフォルニア州の至るところで勃発した山火事のおかげで町の空気汚染がひどい。アメリカでは結構異様な光景で、街歩く人の大部分がマスク姿で中にはダースベーダーのような本格的なマスクで防衛している人間もいる。いずれにせよ、今は空気が汚い。

アメリカに辿りついてからは1週間ほどが経つ。あまりにも久しぶりなため、時の流れが遅く感じるが、20年前と比べてスマートフォンやその他の電子機器を扱うようになったぐらいで大した違いはないように思える。人の歩き方、仕草、コミュニケーションの仕方はいままでと似ている。もしかしたら、近年高まっている政治的なテンション、または今後のアメリカの国としての方向性のような不安からか、少し独特な内向性というよりかは、本当の意見を押し殺している風潮があるようにも思える。もちろん、意見を押し殺しているというよりは、あまりにも色々な情報発信や情報の渦によって、状況を言語化して説明することが難しいだけなのかもしれない。いずれにせよ、そのあたりは早く良い状況に向かうように願いたいところだ。

それはそれとして、高校の頃、日本に引っ越してから、よく「アメリカには空気がない、空気というのをしっかり学べ」と言われたような気がする。これは大体27歳ぐらいまで続いた。しかし、このフレーズは毎回言われる度に私は困惑せざるを得なかった。「アメリカって空気はないってことなのだろうか?」ってことだ。つまり、自分でも「空気」らしくものは感じていたし、英語でも「gist, mojo, vibe, flow」など日常的に表すことばがある。それも日本の「空気」よりも細分化されているのかもしれない。そう、思うと「アメリカには空気がない」といわれると不思議でたまらない、困惑する言葉だ。

「日本にはわびさびというものがある」という言葉を使うひとがいるが、私はこれは実は非常にナショナリティックであり、危険性を孕んでいる表現であるようにも思える。正確には「日本という国はわびさびに対しての尊敬の意や、親しみが特段深い」ということであり、「わびさび(wabisabi)」のような考えは世界のどこにでもあり、やはりこれはどんどん日本という世界の人口の2%程度に留めておくだけでなくて、この奥ゆかしさを外に伝えていくといいと思う。フランス人などは日本のわびさびに興味を示し、柔道のような日本武術でも協力な選手がいる、このようにスポーツ、そして茶道のような伝統芸能じゃない、ところにでももっと「気軽な」日本のわびさびを伝えていくことができるのではないだろうか。

そして、日本での「空気間」を味わうように、アメリカなどの国にいっても是非 gist, mojo, vibe, flow などを感じ取って欲しい。これによって、皆さんも世界各国の住民どこにいっても実は近所なんじゃないか、と思うようになれるかもしれない。またはかつて柔道が世界スポーツのJUDOになったように、わびさびもそろそろWABISABIになっていいかもしれないではないかと。

気の利いたビデオで締めくくろうと思ったが、WABISABIではなくWASABIのビデオであることに今気が付いた。こちらも米国オレゴン州でアメリカ人夫婦で経営するわさび農園のビデオだ。ぜひご覧いただきたい。

以上、サンフランシスコの安宿にて。

 

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