The Best of Izu Pen Experiences (稲取編)

伊豆半島という場所は東京から近く、さらには「伊豆半島ジオパーク」というリソースがある。今後2019年と2020年のラグビーワールドカップ及びオリンピック開催に向けて、もっと富裕層や旅慣れた人へのイベントを提供した方が良いと思っている。

プロボノ嗜好(バックパッカーや教養人、”富裕層”)への体験型・交流型のサービス

予約は「1か月~2週間まで受付をお願い致します。 For best preperation, we would like to ask you to make reservations at least 2weeks-1month before you’re intended arrival などとおっしゃっていただいてもよろしいかもしれません。

・料理教室または交流会  教育または異文化交流を目的とした料理をテーマとした交流イベント。一見地元では「普通過ぎる」郷土料理でも良い。味噌汁のダシやおにぎりの握り方、製麺所の訪問などもとてもウケが良いと思われる。

・ネイチャーウォーク・歴史ウォーク  地域に長年根付く文化資産や自然資産のまわり

・クラフト(折り紙、クラフトなど和紙や着物リメイクものなど) 海外の人は日本の繊細なクラフト技術や、着物などを再利用するなどして「MOTTAINAI(もったいない)」の精神を表すような文化が人気ある。

・書道 漢字などでの「当て字」または「日本語命名」など

特に上でも表したが、日本人の文化としては「型(個人的には「ATARIMAE」と呼びたい)」と「MOTTAINAI(もったいない)」などの価値観を表す事業はとても、学びが多く、良いと思える

BnB=AirBnBではなくBnB=Bed and Breakfastという海外流の「民宿」を指す

AirBnbという言葉もあるが、これは文字通り「Bed and Breakfast」つまり、朝食付きお宅宿泊という意味である。私もイギリスに住んでいるときに、どこかの港町近辺のところにある「BnB」という場所に泊まった。どこか草原が続く町の中にポツンと佇む、それこそドラマか漫画にでも出てきそうな家に「BnB」という結構滑稽な字体の看板があった家だ。もうほとんど覚えていないが、家の中はピーター・ラビットにような感じで眼鏡で少しふくよかなお母さん、ちょっと寡黙そうなお父さんの老夫婦が、運営していた。泊った部屋もいかにも余った部屋で成人した息子が空けた部屋でも開放したのだろう。ベッドのリネンも少しホコリをかぶっていたり、シミが付いていたり、家具についてもいかにも、「なんの変哲もない地元の人」の家に居候している感覚であった。しかし、同時に当時7-8歳だった私はテレビや映画でしか見たことがなかった「本物のイギリスの家」が実在していたことにある種の驚きを隠せなかったのは確かだ。そして、同時にいつも同じ学校に通っている髪や目の色が違うクラスメイト達の家もこんな家に住んでいるのだろうか、と疑問を持ったほどである。

イギリスでは結構、日常の暮らしを演出する、リバープールに行った際にはかのビートルズが育った家などが解放されている。日本で言えばビートルズは一般的な「団地」のような場所に住んでおり、イギリスに住んでいる当時、このような場所を訪れた覚えもある。ツアー当日もイギリスのどこにでもありそうな、その団地を前にツアーガイドが説明、「ビートルズも質素なところから出世したんだな〰」と感慨深くなった人も同行した人の中に多かったのではないだろうか。ツアーの途中もアイスクリームトラックがその団地の道をぬぐうように走ってきて、子供達が「Ice cream!」と叫びながら、小銭を片手にトラックに走り寄ったものだ。大体アイスクリームトラックが来るような地域はとても大衆的な場所なのである。

また、ビートルズと同じぐらいの人気のオアシスも同じようなリバープールの団地から出たはずだ。

 

Christmas Carolを軸にした西洋各国の道徳観。「クリスマス・キャロル」と言えば、最近もリメイク版の映画がありとても有名な映画である。話のあらすじはスクルージというケチ(で多分真面目…)な大富豪が、とあるクリスマス様々な精霊に色々な恵まれない環境の人々の顔を魅せられ、花咲かじいさんのような、奉仕精神が盛んな人に変わってしまうということである。もちろん、これには色々な見方があるかもしれない。1)スクルージは齢を取っていたから  2)

だが、私は根底にはキリスト教では「奉仕」することを成功のひとつの条件としている、つまり、ある程度奉仕できるような立場であれば、人にモノや募金などの形で奉仕をしたりする。つまり、自分が賛同しそうなものであれば、余剰金や労力を他人のために使う、という考え方だ。もちろん、はじめは奉仕する癖がなくても、それを続けることによって、社会への貢献をし、社会の一員として機能するような考え方が身についてくる。また、奉仕を繰り返すことによって、色々なことが「自分事」に思えてくるようにもなるのだろう。実は日本に旅行する人達は日本より「西」の人が多いため、少なからず富裕層の人々は「奉仕」の癖が付いているのではないだろうかと思う。なので、「妥当な価格を払ってくれそうなお客様には妥当な価格を要求しても良い」と思う。そして、スクルージもそうだが、やはり海外での富裕層が忘れがちなのは「日常の良さ」だ。

日本では実は本当の意味で「日常の良さ」をサービスとして提供する機会が少ない気がする。地方都市は田園風景やその質素な暮らしぶり、つまり現代用語で言えばecologicalな暮らしが海外からの旅行者にはよく映るのではないだろうかと思う。そして、実は財政的に苦しい、と思われる地方都市ほど、質素になんとか現代的な暮らしを維持しているのではないだろうか、と思う。特に個人的には「おにぎり」「つけもの」「味噌汁(大豆)」などをメインとした質素な日常的なほぼベジタリアン料理(8-9割でもよい)とそれらを地元の人が教えるようなクラスがあっても良いのかもしれないと思っている。別に派手じゃなくてもいい。ちょっとした家庭料理でも良いのだが、結構昔から地元で食べている「一見ダサい料理」でも問題がないではないかと思っている。地方都市などを訪れれば、

私個人としては30代半ばで、こんな若造の分際でこのようなことを言うのは全く説得力がないが、ある程度の高年齢で金銭的にも余裕がある人があるのは、「想い出づくり」だと思う。そして、こんなに世界中どこでも思いたったらすぐに現地へ飛んで行けるような時代、「地球の裏側の兄妹に会いに行く」という願いもあるのではないかと思う。まあ、誰しもができるわけではないが、誰しもが一度は思うことは「人類の起源」についてである。どの神話でもはじめは人類は二人の人間(または少数)から始まった。そして、意外と自分とまったく関係のない場所に行けばいくほど、直観的にその再開を果たすことが簡単になる。

 

 

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