「色」を題材にして①

「色」を題材にして、ちょっとした「架空の日本人」と「架空の外国人」の会話文を作ってみた。

「色」を観点にすると何が起こるのか。メモ書きの状態だが、少し書いてみた。

自己の中にある、日本という国のステレオタイプ的な「架空の西洋人Aさん」と「架空の日本人Θさん」との会話を想定してみる。

1)AさんがΘさんに絵具を聞くところ

西洋人Aさん: 私はいつも、家で絵をかくときはパレットに様々な色を混ぜて「銀色」の絵具をつくるんだ。日本製のクレヨンはとっても、良いと聞いた。是非、銀色のクレヨンを国に持ち帰りたい。 

日本人Θさん: 当社のクレヨンセットでは、あいにく銀色のクレヨンを取り扱っておりません。どうぞ、お引き取りください。

西洋人Aさん: いや~、そう言わずにどうにかならないものなのか?

日本人Θさん: はい。ないものはないです。すみませんが、そういうことです。

西洋人Aさん: じゃあ、わかりました(なんなんだ、この店は!)

2)ΘさんがAさんに絵具を聞くところ

日本人Θさん: 私は是非、この国の「金色の絵具」が素晴らしいと聞き買いにきました。

西洋人Aさん: ああ、そうですか! わかりました。すぐ用意します。

  (トントントンなにやら混ぜている様子)

日本人Θさん: あれ?何をされているんですか? 私は「金色の絵具」が欲しいと言ったのですが、

  今目の前で違う2つの色を混ぜてますよね?

西洋人Aさん: ああ、そうさ。うちには今、金色がないからね、でも原理的には当社の金は

 「黄色2」に対して「白1」を混ぜているそうだ。だから、今それ配合しているんだよ。

日本人Θさん: え?いや、そういうわけじゃあていうか、目分量ですか?!

西洋人Aさん: ああ、そうさ。まあ、足りなかったら黄色か白を足して自分好みの「金色」に調整でき  るよ。今、配合しているのに「黄色」と「白」の絵具をおまけをしておくから、家帰っ  たらまた調整しておくれよ。

日本人Θさん: いや、それは困ります。

西洋人Aさん: でも、あなたは「アーティスト」なんだろう?だったら、「自由度」が高い方がいい  じゃないか。色も一本+ちょっとおまけだし、いいことばかりじゃないか。

日本人Θさん: いや、そういう問題じゃあありません。「金色」の絵具を頼んだのに、

 今勝手に混ぜてつくっているんじゃあ、困ります。帰ります。

西洋人Aさん: え? でも、結果は同じだよ。

日本人Θさん: いいです。さようなら。(なんなんだ、この国は!)

AさんがΘさんにしてほしかったこと:(1の続き)

日本人Θさん: 当店ではあいにく「銀色」のクレヨンを置いていませんし、こちらのブランドでの「銀色」の取り扱いはないようです。しかし、某サイトでは「銀色」は「青」と「白」、そしてちょっと「黄色」を付け加えることによって、模倣することができるようです。やってみますか?

西洋人Aさん: 海を越えて、わざわざ訪ねてきたんだ。やってみないことはないだろう(There’s no reason why we shouldn’t try, isn’t there)

日本人Θさん: では、、、、(色を混ぜる)

西洋人Aさん:  おお! これは、本当になんとなく銀色に見える!!

日本人Θさん: まあ、完璧ですが、それっぽくはなるでしょう。

西洋人Aさん:  いや、むしろユニークな色合い、テクスチャーだ。いい思い出になりそうだよ。3本全部ください

日本人Θさん: 当初の「銀色」一本より高くなってしまいますが、大丈夫ですか?

西洋人Aさん:  なに、問題ないさ。ついでに多めに買っても帰りたいところだ。この色が出せればある程度の出費はかまわんさ!

日本人Θさん:  ありがとうございました~

ΘさんがAさんにしてほしかったこと:(2の続き)

西洋人Aさん:  え?「金色」?そういう色は当店ではあいにく置いていないんですが

日本人Θさん:  そうですか…

西洋人Aさん:  でも、以前は「金色」を売っていたし、原理的には「黄色2」と「白1」を混ぜると同じ色になるらしい。実験代はこっちで持つからやってみるかい?

日本人Θさん:  ええ? まぁ、実験代をそちらで持ってくれるのなら…

西洋人Aさん:  はい、じゃあ待ってね。(配合する) あ!いけね、ちょっと多めになっちまったよ~

日本人Θさん:  大丈夫ですか?

西洋人Aさん:   え?ああ、まぁ。ちょっと分量が間違ったのと、思ったとおりに混ざらなかったのでね はい、こちらどうぞ。

日本人Θさん:  (全然、混ざり切ってない)あ…

西洋人Aさん:   どうだい? そんなに悪くはないだろう? (万遍な笑顔)

日本人Θさん:  え?まあ、そそうですね。(苦笑い)

西洋人Aさん:   少なくともいい思い出にはなるんじゃないだろうか?

日本人Θさん:  え? じゃあ、まあ、1つください…

西洋人Aさん:   一本でいいのかい?

日本人Θさん:  え? じゃあ、2つ…

西洋人Aさん:   じゃあ、2つね! 海を越えて買いに来た甲斐あったね!

日本人Θさん:  ああ、はい。そうですね。(お前がいうか。。。) ありがとうございます~

 

どちらも最終的には酒のネタになる「いい話」になったのではないだろうか。もちろん、一見最後の会話のやりとりだと日本人の人は悪い思い出になったようにも見えるが、いつ日か仲間内で酒を呑むときに「いや~XXという国に行ったときは参ったよー。西洋人Aってのが、いきなり強引な絵具の配合をするんだも~ん」と言える。

これは私の一方的な思い込みに過ぎないとも思うのだが、「西洋人A」と「日本人Θ」の像は長年この国にあった「日本人vs.外国人」のやりとりそのものなのではないだろうか。どちらかと言うと、「外国人は大雑把」、「日本人はきっちりしている」というステレオタイプだ。しかし、現代社会に於いて、そして特に日本に好き好んでくる外国人や日本人とコミュニケーションを取りたがるタイプの外国人は「きっちりしている」人が多い。これは長年のステレオタイプの“おかげ”とでも言える。

しかしながら、ここで落とし穴が一個ある。というのも、昭和時代の日本文化の中には「和気あいあい」「協調性」などを重んじるため実は「なかったことにする」、つまり「最後の詰めは敢えて甘くする」という文化があったはずだ。これは今でも飲みにケーションを大事にする会社などでは保たれている風習だと思う。実は皆気が付いていないのだが、「日本人同士」では「大雑把」「なぁなぁ」がまかり通るが、「日本人と外国人」の間の「なぁなぁ」や「大雑把」の対処の方法に日本人の人は苦しむ、傾向にあると思う。もっと端的に言うと「答えを知らない」という状況である。もちろん、「答えをしっている」と嬉しいのだが、相手は「世界」である。そうすると「1国、大体1つ共通の文化」の考えでよかったのが、「200国、70億人以上」を相手にすることになる。つまり、相手がどう出るか、何を考えているかが「不確定」であって問題がないはずであるが、「不確定」であるが故わからないので、ある。

最後に…

これは会話はどうこう、というために書いた内容ではないのだが、万が一このポストを読んでくださった方には、特に、「ΘさんがAさんにしてほしかったこと:(2の続き)」については、「おい、このろぶ・はしばという奴はなんて出鱈目なことを書いてやがるんだ」と思っていただきたいところだ。実際にこれは私が「知っている限り」の現代日本のステレオタイプであって、100人中100人がこのような考え方をしているわけではない。しかし、「日本人と英語」や「日本と外国」というフレーズを使うとき、多くの日本人が何故か連想しているんじゃないか、と思っている。だって、「西洋人Aさん」を別の「日本人βさん」に置き換えれば「日本人βさん」は「気前のいいおっちゃん」になり、「日本人Θさん」は「生真面目な人」「しっかりとした人」または「たまたまその日機嫌が悪かった人」になるからだ。 ということは、そもそも「日本の英語」を否定すること自体少し違和感を感じ始める。つまり、別に「日本人が英語を話せない」という決めつけをすること自体も無意味になるのである。

本件についてはコメント、また直接の知りあいであれば次回会ったときに聞いて欲しい次第である。

以上

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